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昭和47年
1月11日 |
株式会社宮崎経済連直販所 設立 資本金1,200万円、大根切干の販売開始 初代社長、長友安盛氏就任 |
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48年 |
資本金を2,200万円に増資 |
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50年 |
株式会社宮崎経済連直販に商号変更、椎茸加工場の整備、青果物選果場の新設、事業拡大
初代会長 坂元親男氏就任 |
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55年 |
総取扱高30億円突破 |
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58年 |
大根切干、椎茸の外注加工から自社加工に切換え生産拡大をはかる |
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59年 |
茶の販売に着手、取扱高2,200万円 |
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60年 |
大阪駐在の設置(10月) |
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61年 |
円高による椎茸輸出の激減による国内販売での過当競争で販売に苦慮する |
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62年 |
アンテナショップを寿屋宮崎店に出店 |
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63年 |
米の小売資格を取得 |
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平成元年 |
輸入農産物及び加工食品の種類が増加し、販売競争が一層強まる |
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2年 |
4月花ヶ島別館4Fに事務所を移転する
2代目会長 足利晃市郎氏 2代目社長 時任昌男氏就任 |
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3年 |
総取扱高50億円突破(55億円) |
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4年 |
米の小売取扱数量211トン取扱高107百万円となる、10月より「味乃旬平くんギフト」スタート |
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5年 |
大根切干取扱高数量848トンとなる、資本金4,558万円に増資
3代目会長 内野栄蔵氏 3代目社長 中村眞澄氏就任 |
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6年 |
アンテナショップAPASフェニックスシーガイアパラダイスガーデンに出店 |
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7年 |
米の卸売資格を6月5日に取得、米穀部及び搗精工場の設置 |
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8年 |
4代目会長 黒木光男氏 4代目社長 日高康氏就任 |
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9年 |
5代目社長 佐藤高義氏就任 |
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10年 |
園芸部、JA宮崎経済連広域集配送センターに事務所を移転する |
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11年 |
5代目会長 佐藤高義氏 6代目社長 羽田正治氏就任 |
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13年 |
株式会社宮崎食糧を吸収合併(8月) |
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14年 |
6代目会長 羽田正治氏 7代目社長 坂下輔成氏就任
無洗米工場の設置(11月) |
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17年 |
東京営業所開設(2月) |
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6代目会長 羽田正治氏退任(6月) |
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19年 |
坂下社長が春の叙勲において旭日単光章を受章(4月) |
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20年 |
8代目社長 横山忠男氏就任 |
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21年 |
茶パッケージセンター設置(4月)
西都市に千切大根機械乾燥場を設置(12月) |
| 22年 |
7代目会長 羽田正治氏就任
(株)宮崎米商の全株式を取得し、100%子会社化(3月)
(株)宮崎米商から商号変更した(株)ミヤベイ直販に米穀部門を事業譲渡(4月) |
| 23年 |
JAビル売店にて酒類販売業免許取得(4月) |